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広島高等裁判所 昭和57年(う)17号 判決 1982年5月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

<前略>

所論は、検察官の訴因変更そのものが不明確で過失の態様も暖昧であり、被告人の義務内容など訴因として必要な内容が具備されないまま本件審理が進められたこと及び原審裁判所の訴訟指揮が糺問的で検察官寄りであつたことが本件の事実誤認を招いたものであると主張する。記録によれば、本件は、当初、故意による信号無視を訴因として起訴されたものであるが、昭和五六年六月一九日の原審第五回公判期日において、「赤色の燈火信号に従わないで」との部分が「赤色の燈火信号に気づかなかつた過失により、これに従わないで」と過失による信号無視の訴因に変更されたものであるところ、右変更された訴因については、所論のように、過失の具体的内容等が明確になされていないといわざるを得ないけれども、本件審理の状況、殊に、弁護人からの釈明要求もなく、かつ、争点である過失の構成及びその内容について十分審理されている状況に徴すれば、これが事実誤認の原因となつたとは認められず、また、記録を精査してみても、原審裁判所が糺問的な訴訟指揮をした形跡も窺われない。所論はとるを得ない。(なお、本件訴因の変更は、過失の具体的内容等が明示されないままになされたものであるが、前叙のとおり過失の内容については十分審理され、従つて被告人にも争点が明確となつていて、その防禦権の行使になんらの支障がなかつたと認められるから、右訴因変更の瑕疵は、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反とまでは認められない)。

以上の次第で、被告人が過失により赤色燈火信号に従わなかつたとの事実を認めた原判決には、事実誤認はなく、論旨は理由がない。

二しかし、職権で検討すると、原判決は、「罪となるべき事実」を判示するに当り、被告人が原判示交差点において、「信号機の表示する赤色の燈火信号に気付かなかつた過失により、これに従わないで」と判示するにとどまり、被告人に如何なる過失があつたのか、その具体的内容について明示していない。過失犯を認定するには、被告人に如何なる注意義務があり、被告人が如何なる過失によりこれを怠つたかを判示する必要がある。してみれば、過失の具体的内容を明示していない原判決には理由不備の違法があるといわざるを得ない。

よつて、刑事訴訟法三九七条、三七八条四号により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により、当裁判所において次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五五年六月一一日午後一時五三分ころ、尾道市栗原町和光タクシー前交差点付近道路において、信号機の表示する信号を確認してこれに従う注意義務があるのに、同乗者との会話に気をとられて信号表示を確認しなかつた過失により、信号機の表示する赤色の燈火信号に気付かず、これに従わないで普通乗用自動車を運転して進行したものである。<以下、省略>

(干場義秋 荒木恒平 竹重誠夫)

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